初恋プーサン*甘いね、唇

マスターは、スツールに座りながら「にしても」と話を変えた。


「フランスで勇気を出すのはしんどかったろう?」


「はい。ものすごく」


旅の大変さを考慮しても、勇気を出して旅をしたことは有意義だったと感じてはいる。


でもやっぱり、しんどいことはしんどかった。


何せ、日本にいてもできないことを、知らない国でやってのける任務だったのだから。


「おじさんも、妻の美也子(みやこ)に告白するときは勇気が要ったもんだ」


「そうなんですか?」


「ああ。おじさんが小さいころなんてのは、今みたいにあけっぴろげな恋愛事情じゃなかったからな。加えて、小心者ときたもんだ。今はこんなだけど、昔はもやしみたいな身体だったんだぞ。肌も、白の上に青がつく色だったもんだから、どうせ恋だなんだという世界には縁がないと思ってたんだよ。見た目じゃないって気づくには、まだ当時は若すぎたんだな、はっはっ」


結構大きなサイズを着ていそうなこのマスターが、昔はそんなに痩せていたなんて、想像しようにもできなかった。


でも、私が内面を気にしていたのと同じで、彼は外面を気にしていたという部分は想像に難くなかった(私も見た目に自信があるわけじゃないし)。


「だから、好きですって言ったのは、恋をしてからずいぶん先だった。中学生で好きになって、告白したのは高校の終わりだったからね」


「たしかにずいぶん先ですね」


「うん。まさに命がけだったよ。『ぼくはいろんなことに自信がないけど、あなたが好きだってことだけは自信があります』なんて言いながら、鼻水は垂らす、涙は流すで告白をしたもんだよ。こんなに好きになることは、二度とないからと思ってね。まさに一世一代の大勝負さ」


「それでオッケーしてもらえたんですね?」

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