初恋プーサン*甘いね、唇
重い足取りで図書館に入ると、すぐに「おはよう」と館長の声が聞こえた。
彼は、毎日誰よりも早く来て書架のちょっとした乱れを丁寧に整えて掃除をするのが日課で、とても図書館を愛していた。
年齢は50代後半で、四季を問わず黒いブレザーに身を包み、適度に白髪とシワをたくわえている。
いつも若干困ったように見える下がった目尻も、見慣れてくると人当たりのいい内面同様、優しい印象に変わってくるから不思議だった。
それでいて、館長としての威厳も備わっていて、人徳もある人物だ。
「おはようございます」
「なんだか元気がないね」
覇気のなさを感じ取ったのか、館長はただでさえ下がっている目尻をさらに下げた。
あまりにもクイッと曲がるので、なんだか糸で操っているように見え、上方をたしかめることもある。
もちろん誰もいない。
「あっ、いえ。大丈夫です」
「――には見えないけど」
年の功なのか、それとも独特の優れた洞察眼なのかは定かではないけれど、館長は何もかも見抜いているみたいだった。
昔からちょっとした表情や仕草の変化にも気づく人だったので、働き始めた当時は、よくやる失敗や癖も逐一指摘されたものだ。
職員それぞれに目を配り、機微を見逃さないところはさすがだとしか言いようがない。
ただ、見抜かれているのを承知で、私は心配をかけまいと首を横に振った。
仕事場に恋の悩みを連れてくるのは不謹慎だと思われそうだったし。
「いえ。本当に大丈夫です」