ここでキスして。


「そういえば、涼介と花緒の会社とも近いんだって?」

母に言われ、さっき印をつけた地図を開いて見せた。
花梨には八つ年上の兄と三つ年上の姉がいる。二人とも東京の会社に勤めているのだ。

「うん。涼介さんのプレシャスは銀座、花緒ちゃんの佐倉コーポレーションは丸の内。それで、私が入社するフジタ食品は、日本橋が本社なの。銀座も丸の内も、日本橋からは地下鉄でひと駅かふた駅なのよ。ね、近いでしょう?」

東京は宮城県の三分の一の面積しかないのに、五倍以上もの人が住んでいる。だから、その分だけ出逢いがあるにちがいない。今の花梨には華絵とちがって不安や寂しさよりも好奇心の方が勝っていた。

「東京なんて、お父さんと二十年前に旅行をしたっきりね。東京タワーを見たのよ。でも、どこがどうとか、ぴんと来ないわ。今ではスカイツリーなんて建っているんでしょう」

「そうそう。住むところから東京タワーが見えるのよ」

「家賃とか本当に大丈夫なのかしら? 女の子の一人暮らし……あんたは花緒と違ってうっかりものだから心配だわ」

「もう、ちゃんと考えてるよ。それより、お父さんは?」
「若いシェフを集めて、会議中よ。見送りたかったみたいだけど、これからお店が大きくなっていくっていう時だから忙しくて手が離せないみたい」

ちく、と良心が少しだけ痛む。小さなレストランを経営している父は今、新規店をオープンさせるためいろいろと忙しい。




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