みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
気を紛らわせたい時に役立つのが、このノンフレーム・メガネだ。レンズが一枚あるというだけで、プレッシャーを和らげてくれる…。
「――以上により今回、私どもでは総予算100億で納まると存じます」
「100億で足りるのか?」
ちなみにChain社の業種といえば、総合商社である。巷では建設業界にやたら強い恐ろしい企業だ、と専らの評判らしい。
「ええ、もちろんです。当社の優秀な士(さむらい)を信頼してますから」
先方の里村社長から一瞬、ビクリと震え立つような鋭い眼差しを向けられたものの、ここでこの男が引く訳ない。
その理由は言わずもがな、嘘っぱちの笑顔を浮かべて強気に出られるほど、これまでの経営手腕が彼に更なる自信を漲らせるため。
「噂にたがわず余裕の発言だな」
「社員あっての我が社ですから」
「オマエも生意気言うようになって」
「ハハッ、俺の専売特許なんで」
私も就職して平常心を保つ術は磨けたけど、…この男のように大物に際しようが、アッサリ態度を変えられるなどトンデモナイ。
公共事業の大幅削減により、大手ゼネコンにおいても軒並み苦戦を強いられる建設業界――その苦境をものともせず、新参者として別事業を開拓して来たのだ。
ちなみに彼が侍と称(たた)えたのは――斬新なデザインを生み出す有名建築士。そして完璧なまでに至上空間を生み出すと評判の設計士をさしている。