みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


ちなみに現時点で急ぎの件はなく、どうにか仕事を残さずすっきり帰れそうだ。


――身勝手男と会わずに済んだ今日は、なんと平穏な一日だったのだろう……。


「間宮さん」

「…はい!?」

思考が飛んでいたその時、背後から呼び掛けられた私は慌てて振り向く。


「驚かせた?」と聞いてくるその人に微笑を返し、平静を装って立ち上がった。


「お疲れさまです」


「ありがと。いま会議終了したから、田中くんが社長室まで来て欲しいって」

はきはき話してくれるのは、田中チーフと同期で先輩秘書の荒木(あらき)さんだ。


「分かりました、ありがとうございます」

「いいえー。
でもあの堅物、ムダにうるさいから早く行った方がいいよ」

セミロングの黒髪と小柄な体型から清純そうに見えるが、実は男勝りな女性である。


笑顔でそう言い切ると、自席へ戻って行く荒木さん。……あのチーフと言い合えるのは、秘書課内で彼女しかいない。


アドバイスはご尤もと急いでスマホや手帳類を手にし、私もエレベーターへ向かった。


遠慮なくズバズバ言う荒木さんは、女性特有の裏表が一切なくて好感度も高い。


自分には非常に厳しい人だけど、どういう訳かチーフを敵視していたりする。


――私がチーフを堅物なんて口にした日には、吊るし上げの刑にでも遭うに違いない。


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