みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
というか、いつでも素直でいられる荒木さんは凄い。それゆえ、小言がうるさいと影で評判の常務を担当出来るのか。
果たして世渡り上手なのか、良い意味で自然体なのか疑問は色々残るけど……。
そう感心しながら速足で到着した先。――それは悪の枢軸、もとい社長室だ。
私は目の前のブラウンの重厚な扉を数回ノックし、「間宮です」と名乗った。
「良いよ」
ドア越しに返ってきた穏やかな声に、内心”げっ”と思ったのは秘密にする。
その扉を開けた先に待っていたのは予想通り、プレジデント・デスクに座る社長ひとり。
「入ったら?」
今日も濁りのない薄墨色の瞳と目が合い、再び一礼してドアを静かに閉めた。
こういう時、視線を合わせるのは気まずいものがある。何より肝心のチーフ不在という、この場は明らかにおかしい。
これ以上の接近と無用な長居は勘弁だと、手を休めない彼に手短に尋ねることにした。
「あの、田中チーフは」
「知らない」
「…え、あ、では私の勘違い、」
考えごとをしてボーっとしていたから、荒木さんから聞き取りミスしたのか。
「俺が頼んだ」
脱力しつつも逃避体勢を取りかけた瞬間、淀みのないその声に目を丸くする。
「え、では、何か」
「――今さら、里村さんに枕営業は不要だと思うが?」
それまでデスクへ視線を落とし、決済の押印をしていた社長の鋭い眼差しが向けられる。