みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
するとマホガニー調のデスク上で両手を組み、改めてこちらを見据えた社長にゴクリと息を呑んだ。
「本当に食事だけ?そう思ってるのか?」
「ええ、当たり前です。それこそ愚問ではありませんか?」
「…フッ、」
一度だけ大きく頷いて言い切れば、暫しの沈黙の中に響いた彼の一笑は冷ややかなものだった。
「朱祢がそれを言う?」
「っ、」
――勝手なのはどっちだ。辛辣な一言をきっかけに、目の奥に感じるツンとした痛みを堪える。
これでも立場と状況を分かっているから、里村社長のお迎えは断ったというのに。……何をどう言えば伝わるの?
「なぜ――なぜプライベートについて、社長が掌握なさるのですか?」
それが分からないから、俄かに震える頼りない声で強気を見せるしかない。
「プライベート?ハッ、それこそ愚問だろ。
俺の足を引っ張るのは、誰だろうが許さない。――もう良い。邪魔だ、出て行け」
だけど、期待外れも良いトコロ。さっきとは比べられない程の無機質な答えに、キュッと唇を噛みしめた。
私の存在が足を引っ張っている?邪魔?――あまりに身勝手な発言に声も出ない。
そんな様子などお構いなしに、愛用のカルティエのボールペンを手にした彼は執務に戻った。
すっかり戦意喪失した私は、挨拶も怠って後方のドアを一気に開けて退出する。
バタンっと、重厚な扉が閉まるのを背中越しに聞く。廊下へと出て力が抜けたのか、その場にへたり込んでしまう。
でも、こんな所で座り込んでいられない。すぐに床に手をついて立ち上がると、階段を目指した。
それはエレベーターで階下に到達するまでには、とても平常心が戻りそうになかったからだ。
閑散とした重役室が連なる道を通り抜け、社長室から最も遠い階段に差しかかる。
カツン、カツンと、人気のない階段を下りる私の覚束ないヒール音が静寂に虚しく響いていた。