みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
逢瀬、浮かす。
ふわふわしているなんて、とんでもない。優男だなんて甚だしい。女性に優しいとかマメとか、果たして誰のこと?
ずっとあの男の笑顔が嘘っぱちなものだ、と心の中で悪態もついてきた。
だけど、仕事上では優しい扱いを受けていたのは事実。嫌いになりきれない理由もまた、そこにあるけど。
初めて社長が表へと出した本当の声色と顔で、互いに生じた不信感は明らかだ。
これでもプライドを持って励んできた秘書の仕事。それに隔たりを生んだことは、ひどく情けない。
それだというのに今の私は、訳もなく焦燥に駆られているのが本当のところ。
この2年の間に秘書としてついてきた人は、果たして誰だったのか……。
ベッドでも執拗に責め立てて、あんなに私の身体を欲したのは誰だったのよ?
「あー!楽しみにしてるとか言ったくせに!」
グルグル駆け巡る思考に堪らず踊り場で足を止め、直接言えなかった思いを叫んだ。
第一秘書になる日が楽しみだとか、先方に言いきったのは誰よ?紛れもなく、アンタじゃない。
やり場のない悔しさが苛立ちとなっていく。誰もいないのを良いことに、仕事中は一切しない舌打ちまで飛び出す。
しかし、あの眼差しを思い出せば身震いする。その直後には、目の奥に痛みも覚えた。
さらに、最後にまるで裏切られたような顔をみせた社長の顔が脳裏を過ぎるのだ。
冷たく鋭いその目で自尊心を傷つけられたのは私なのに。……悲しくても、責めきれない。
いや、ちょっと待った。――自分の“日頃の行い”は無罪放免の男に、なぜ同情しているのだろう?
「……疲れる」
ふつふつと沸き上がる怒りのスパイラルにも出口が見えず、大きな溜め息を吐き出した。
所詮は着せ替え人形ならぬ“身代わり女”だと、いつもの結論に落ち着く外ない。
昼夜問わずに仕える私が何を言ってみても、あの男には信じて貰えないのだから……。