みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
始めから分かりきっていることだと、この気持ちを水にザーッと流せたら良いのに。
なぜか寝てしまった一週間というあまりに短い時が、着実に私を変えていた。
嫌いな筈の社長の存在が心を占めるこの事実は、現状から一切の逃避を阻む。
――もう二度と、彼のために泣かない。気持ちを認めたところで、何も変わらないから……。
「――朱祢ちゃん?」
「…はい?」
名を呼ばれてハッと我に返る。左方を向けば、苦笑する里村社長と目が合った。
「心ここにあらずだね」
「いえ、美味しそうだと見惚れていました」
「嘘がバレ易いって言われない?」
「程々かと存じます」
やっぱり陳腐な誤魔化しはバレる。――頬杖をついてこちらを眺める彼に小さく頭を下げた。
こうして約束通り、中華料理店へ訪れている現在。スーツ姿の私は会社帰りのOLそのもの。
しかしながら、メガネだけは外していた。会って早々、里村社長のご所望にお答えしたのだ。
ちなみに当の料理といえばコース形式ゆえ、続々と料理が運ばれてきていた。
いま目の前で香りを立てているのは、ロブスターのチリソース煮。……食べにくいから普通のエビで良いと思う私は、正しく庶民だと思う。
「意外に負けず嫌いだね。もっとクールかと思ってたよ」
「意外でしょうか?」
「うん、朱祢ちゃんは顔だけが魅力じゃないよね。
メガネで談義するのも一興かと思ってたけど、やっぱり素顔が一番だよ」
「それは、ありがとうございます」
あっさり言いのける里村氏に、ひきつり気味の笑顔を返した。――やっぱり、彼はイイ性格をしている。
そんな2人には、とても広すぎる個室。大きな円卓テーブルを前に隣り合う私と里村社長は時を過ごしている。
「で、聞きたいことがあるんじゃないの?」
お腹も膨れきって最後のデザートを待つのみとなった時、不意に切り出された。
「高瀬川、いや――叶に敢えて言った理由」
「……そうですね。ぜひお願いいたします」
無意味な否定はすべからず。身体を向けると、真っ直ぐ彼の顔を見ながら頷く。