みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
はぁと盛大に溜め息を吐き出すか、チッと大きな舌打ちをかましたいのは山々だけど耐えた。
「でも約束って、ホント不確かなで煩わしいものだよね。
自ら面倒な縛りを作っておきながら、肝心な時には手のひらを返す。はたまた窮地に立てば、それを傘にして縋りつく。
結局どこまでもキリのない、醜い諍(いさか)いの元凶になるのにな……。
そもそも絶対なんて言葉はこの世に成立しない。痛い目を見ても学習をせず、また懲りずに信じる。
まっ、これだから人って面白い生き物だとも思うけどね。――所詮、目に見えないものを信じるが負けだ。
あ、さっきのは見解の相違じゃない?俺は友だちとはキスまでOK。セックスがボーダーラインかな」
やはり企業のトップらしく弁の立つ彼。持論を展開するものの、頬杖をついて如何にも気だるそうだ。
別にどうでも良いけど――あの女性秘書さん、公私ともに相当の苦労を強いられているに違いない。
「里村社長のご意見は別として、仰ることには同意します。
……僭越ながら私も、“絶対”という言葉はこの世に存在しないと思っていますから」
無言でジッと見つめてくる彼の目を真っ直ぐに受け、私は淡々と返した。
守ると誓った、“約束”の二文字。それは自身を雁字搦めにしているのが現実だ……。
「それって、経験がものを言うよね。違う?」
「ええ、否定はしません。私でも人並みには経験はございますから」
「――笑うと朱祢ちゃんの顔、……似てるな」
すぐさま笑顔に徹した私を再び見据えて、ポツリと里村社長が呟いた。
「……え?」
何気ないその発言によって、穏やかだったはずの心中は一気に変わってしまう。