みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


あまりの悔しさで泣きたくなり、思いきり手を振りほどいてダッシュした。


後方から聞こえる呼び声には今度こそシカトして、ホテルの敷地から抜け出す。



――正攻法ではなく、騙し討ちの逃走だってアリ。これも戦法のうちでしょ?


だけど、あんな身勝手男のために里村社長と戦おうとしていることに腹が立つ。


それでいて、あんな男であっても離れられない自分に、苛立って仕方がなかった。


車のヘッドライトやビル群の煌びやかな明かりを横目に、賑わう街並みを疾走する。


そんな私に周囲は怪訝な目を向けこそするが、誰も追いかけるわけもない。


ホッとしつつも、それがちっぽけな私の存在価値を証明するようで笑えてくる。


遠くから聞こえる車のクラクションと、行き交う人々の楽しそうな笑い声に彩られた付近を駆け抜けた。


はぁはぁと息を切らしながら、賑やかな街を走ると少しだけ気も紛れていく。


これほど疲れきっていても夜の喧騒をひとり歩くのは、あまりに虚しすぎる。


走り続けて呼吸が荒くなるのに反して、心が落ち着いてくれたのは幸いだった。



里村社長に仕掛けられた勝負。――それはもちろん、勝つために受け入れた。


だからこそ、一時の感情でブレてはならない。本心をみせたところで、誰にもメリットがないから……。


小さな橋にさしかかったところで、ハイヒールによって痛み始めた足に立ち止まる。


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