みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
乱れた呼吸を整えながら、ふと見上げれば、薄曇りの夜空が一面に広がった。
キラキラした小さな粒は、その姿を闇に隠している。――今日も都会じゃ、星は見えないね……。
「私は、強いから大丈夫」
泣かないと決めているからと、代わりに呟いたいつものフレーズ。
こんな弱みを蹴散らすための情けない言葉は、誰にも届くわけもなかった。
「……ごめんね」
その度に謝罪の言葉を呟けば、また彼女との違いをまざまざと感じるだけなのに。
薄闇から逃げるように目を閉じて深呼吸をし、今度は正面を見据えて歩き出す。
途中でメガネを外してバッグへ入れると、最寄りの駅から電車に乗り込んだ。
今後もあの身勝手男にとって、従順な秘書かつセフレであるために。
勤務外のことで疲れた今日だけは、どうかひとりで眠らせて欲しい……。
* * *
「朱祢、どうした?」
その声にハッと我に返った私は、慌てて顔を上げた。
すると向かいに座った男2人が、ジッとこちらを注視している。
「グラス持ったまま1分固まってたぞ。もう焼酎に飽きたのか?」
「うーるーさーいー」
「それがうるさい」
「レディを労れよ」
「朱祢がレディ?それは世も末だ」
正面に座るひとり。――今日も犬のような顔をした楓を、私は容赦なく睨んだ。
「あかねえ、ご乱心だね」
野太い声で軽快に笑う、その右隣へ視線を移す。顔を覆って泣き真似をしたあと、私はチラリと上目遣い。
「じゃあ信ちゃん、その身体で慰めて?」
「おいオヤジ」と、寸分たがわず野次が入った。
「うっさい、デカわんこ」
「あかねえ、デカわんこに座布団一枚!」
「よっしゃ!」
グラスをテーブルに置き、ガッツポーズする私。それに舌打ちした態度の悪いわんこは鼻で笑っておく。