みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


楓は晴の親父さんお手製、お刺身盛り合わせに手をつける。私も大好きな締めサバに手を伸ばした。


青魚は鮮度が命だけど、ここは処理の仕方もひと手間も上手い。今日もその美味しさを噛みしめながら納得だ。


「聞いてる?」

「多分」

「聞いてねえだろ」

「今は聞いてた」

減らず口だけはどこまでも叩ける私とデカわんこ。信ちゃんはそれを酒の肴にするのだから、ある意味ひどい。


「だからー、今度の休み3人で行こうぜ。
ちなみに晴ちゃん親子も誘ったんだけど、店の支度あるからパスだって」

「じゃあ、仲良く2人で行ってこれば良いじゃん」

思いつきの割になんて用意周到なのか。――頬杖をつき、面倒だと意思表示してみせる。


「へー、近くに造り酒屋もある所でも行かないの?」

「……信ちゃん、お邪魔虫1匹追加オーケー?」

チラリと斜め向かいの彼を見れば、穏やかに頷いてくれた。爽やかな笑顔に、彼の社内でもファンは多い気がする。


「楓が誘うのは、あかねえだけだもん。
俺ももちろん、友だちとして大好きだからね」

楓を愛しげな眼差しで見つめ、傍らでいつも笑っている信ちゃん。


そんな彼の隣でちょっと照れくさそうに笑う、楓はこんな時だけ可愛く見える。……私より女子度が高いな。


「あ、でも信ちゃんの予定次第だよ。もちろん私と楓は暇人だしね」

「うるさい。なあ信耶、今度いつ戻ってくんの?」

「うーん、3週間後になるかなぁ。現地の立ち上げもあるからね。
でもどうせなら土曜に行って、泊まりがけの酒三昧ツアーにする?」

「賛成!じゃあ運転は、楓よろしく。お邪魔虫は車中ずっと寝て行くから」

「うわ、女王蜂かよ」

「うん、楓は家来で」

「こら」

大好きな彼らとありのまま酌み交わした酒はすこぶる美味しくて、ただ笑いながらこの時に酔いしれていた。


どんなに心が荒んで、落ち込んでいても。彼らの自然体なところと愛情の深さは、弱気な私を励ましてくれたから。



それなのに何故、このままずっと穏やかで大切な時間は続かないの?


これが彼らとの最後の安らぎになるなんて、果たして誰が想像できただろう……。


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