みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
そして、ブラウンの重厚な扉の前に立つ。ふぅと深呼吸をして、トントンと手の甲でノックした。
「どうぞ」と扉の奥から聞こえて、すぐにカチャリと音を立てドアを開ける。
「失礼します」
いつものように無表情で社長室へ入室すると、後ろ手で静かに扉を閉めた。
プレジデントデスクに就き、顔を上げることなくPCをする社長に再び一礼する。
そして彼のデスク奥にある給湯室へ向かえば、距離はあっという間に縮まってしまう。
仕事だと割り切れば、何てことはない。……秘書の間宮であれば大丈夫だ。
彼のデスクを横切ると安堵しながら給湯室のドアを開閉して、部屋へと入った。
小さなテーブルとソファの置かれたそこは、彼のちょっとした休憩場も兼ねていた。
ひとりそこでテキパキと動き、彼お気に入りのグァテテマラ産の豆でコーヒーを淹れる。
先ほどの物よりいい香りが立ち、茶器に黒い液体が溜まり始めた時だった。
作業をしていた後方でカチャッと音が鳴り、パッと振り向いた私は息を呑む。
半開きのドアに背を預け、長い手足をそれぞれ組んでいる社長がいたからだ。
「な、何か御用でしょうか」
問いかけに答えることなく、姿勢を正した彼は背後のドアを閉めてしまう。
彼が距離を詰めた刹那、手を引かれた私は広い胸の中へと易く収められる。
爽やかな社長の香りが鼻腔を擽り、平常心が解かれるように鼓動が速まった。