みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
だからと言って、どうという訳でない。むしろ、そんなことに気づく自分に苛立ってしまうだけ。
これでも勘違いするほど愚かでなく、疑念を消失させるのもまた容易いことで、決して動揺を顔には出さないのが信条。
「高瀬川――俺はノーマルだっての」
「もちろん知ってますよ。
これでも、嫌味と牽制も兼ねてるんで」
「…、」
仕事上のボスの戯れ言に反応するなど、肩書き上でも秘書として情けない。ましてや折衝中の今はもっての外だ。
「タチ悪ぃな、オマエ」
クツクツと笑っている里村社長に同調し、ただのお遊びと処理するのが私のお仕事である、が。
隣の男が笑っていると、とにかく腹立たしい――だからといって、俯くこともせず過ごすのはプライドゆえ。
「やっぱり大事なんですよ。自分の秘書は」
“やっぱり”って何?――社長の身持ちの悪さと過去が、どこか気遣いある発言も嫌悪感へと変えさせた。
「それは同感。レディは大切にしないと、」
「いや、そうじゃなくて。先輩、彼女の獲とくは諦めて下さい」
里村社長がクールな秘書へ視線を向けながら頷いたものの、それをサラッとかわした挙句のフレーズに虚しさが募る。
今ならスーツで身を固めた大人が人知れず、膝上に置く手にキュッと力を加わえたことくらいバレないだろう。
彼の態度で頬が朱に染まらなくても。僅かながら表情をカバー出来る、魔法のメガネに頼っている自分が情けない…。