みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
私は一体なにを言ったの?――癇癪を起こすなんて、どうかしていたと猛省する。
ひとつ息をつき、ダイニングテーブルに紙袋を置いて、私を窺う美麗な顔から背を向けた。
「お腹が減っているので、つい苛ついてしまい失礼しました。
どうか適当に掛けてお待ち下さい。……すぐにお茶を煎れますので」
言い訳めいたことを口にしてキッチンへ向かうと、備え付けの棚からお茶の葉を取り出す。
その場からチラリと一瞥すれば、ダイニングテーブル手前の席に着いていた社長。
さっきと変わらず不躾に部屋を窺うこともなく、何やらiPhoneを操作している。
その姿にホッと安堵した私は、電気ケトルから沸騰したお湯を茶器へ注いだ。
些細なことで失態を晒すとはどうかしていた。……でも、前触れなく琴線に触れる社長が時おり怖く感じるのも事実。
ここへ招き入れてしまったことも然り。疲れた夜の突撃に遭わなければ、絶対に拒んだのに……。
* * *
「うわ、これお幾らです?」
「たまには良いよ」
丁寧な風呂敷を開いて目を見開く。そもそも庶民には、“たまに”もあり得ないっての。
菱本のおみやは、懐石料理がそのまま箱へ詰め込まれた素晴らしいもので。
ひとつひとつ丹精込められた繊細なお料理は、高級料亭の風格を漂わせていた。