みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
その中からまず炊き合わせの人参を口へ運び、ゆっくり咀嚼する。
「どう?」と、向かいの席から聞かれて、私はそれを飲みこんだあとで頷く。
「……味が染みていて美味しいです、とても」
「煮物好き?」
「そうですね、ざっくばらんに和食が好きですね。
出汁の旨みを存分に活かせるのは、日本料理の良さだと思います。
ですが、この繊細な味は素人には絶対に出せませんが」
「料理好きなの?」
「ええ、……と言っても、困らない程度にです。
ただ友人が店を営んでいるので、ことさら日本料理が好きなのでしょうね」
「へえ、そこにはよく行くの?」
私の言葉でフッと破顔した彼を前にして、心にチクリとあの痛みを覚える。
「まあ、そうですね。……ところで社長、お茶は口に合いませんでしたか?」
曖昧に返すと、そう聞きながら茶器を見る。中身は台湾で購入したお茶だった。
ちなみに中国茶よりも発酵時間が少なく、優しい緑色の通りにすっきりした味が台湾茶の特徴である。
「いや、美味いよ」
「それなら良かったです」
ホッとして微かに頬を緩めると、彼の口角がまた上がる。まるでいたちごっこだ。
「ただ」と加えた社長は、そこで箸を休めて静かにこちらを見据えた。
「社長は止めてくれって、言わなかった?」
「……そうでしたね」
以前と絡めるような非難をされてもなお、彼の名を口にしなかった私は強情だろう。