みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
画面表示はその、たったひと言。……朝からどれだけ気分を害す文面なんだ。
“はあ?会わねえよ。誰が”
感情任せに液晶をタッチしていた最中、指の動きをそこでピタリと止める。
大人になれ私、危ないぞ。――のちのち自分に不利となる物的証拠は、残すべからず。
これは社会を生き抜く上での常識ではないか。まして相手は、あの性悪男ときた。
そうだ、私は何も見なかった。そもそも、メールが届いたことさえ知らなかった。よし、脳内リセットしてしまえ。
ムリに自己処理してスマホをそのままバッグへ沈めると、急いで出勤準備に取りかかった。
* * *
しかしながら、芽生えた感情は枯れ葉のように容易く散ってはくれないもので。
一向に腹の奥底で消えずにいた敵への苛立ちを、仕事へ向けて励んだその結果。
午前中に資材部から依頼された、スペイン語の文章訳を素早く片すことに成功する。
これについてはとーっても珍しく、田中チーフからお褒めのひと言まで頂いた。
お陰で少しは気分が晴れたものの、この暑い中、雹(ひょう)が降らなければ良いと思う……。
「それではお願いします」
「ゆっくりしてきてね」
微笑とともに一礼し、秘書室のドアを閉める。歩きながら腕時計を見ると、15時をゆうに過ぎていた。