みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
チーフに頭を下げた直後、彼の鋭い視線は私から逸れ、わざとらしい溜め息をついた。……これはもしや、今日も私が試合開始のゴングか?
「うるさいわね!」
「ああそうか。ただ、今この部屋の誰に聞いても、全員オマエがうるさいと答えるぞ」
荒木さんに告げると、再びPCに向かうチーフ。紛争に引きずり込まれた周囲は、一斉に俯いてしまった。
背後で怒る彼女とチーフに挟まれた形の私は、チャンスを窺って静かにその場を離れることに。
デスクへ向かう途中、今度は周囲からは好奇の視線を向けられたが、もちろん素知らぬフリだ。
辿り着いた机上で大場を取る花束をそっと抱えると、かさかさとフィルムの擦れる音が鳴った。
同時に生花特有の清々しくも青い香りが、ふわりと鼻腔を突き抜けていく。
「ねえ、コレってなんの花?」
「……私も分かりません」
何故か後ろを突いてきたうえ隣から聞いてくる荒木さんに、私は首を傾げてとぼけた。
「そっか。でも、薔薇やカーネーションじゃないってなんか意味深ー」
思ったことは胸に秘めないタイプらしい。……可愛いのに中身が残念、と言われる所以はここに違いない。
「そうですね。ただ、里村社長の秘書さんが詳しかったと存じます。……この花、控えめで綺麗ですよね」
かの秘書さんと当社のチーフ以外の秘書が出くわすことは皆無。これぞ、嘘も方便だろう。
「うん、上品。これも良いかも」
すーっと花の匂いを吸い込むと、大きく頷いて笑った彼女に私も微笑み返す。
あっさりと機嫌が直ったのか、荒木さんはデスクへ鼻歌混じりに戻って行った。