みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


絶対に呼び間違えない名前と間柄は、遊び相手として最良だったのか……。


さすがにそう分かると、頭をハンマーで殴られたようなショックを受けた。


「朱祢ちゃん?」

前方からの穏やかな声での呼びかけに、ビクリとしながら小さく顔を上げる。


「顔色が真っ青だよ?大丈夫?」

敵と等しい相手の里村社長に指摘されているのに、とても笑顔を作れなかった。


「朱祢ちゃん?」

「え、ええ、大丈夫です。
ただ申し訳ありませんが、ちょっと体調が思わしくないので今日はここで」

八の字に置いていたカトラリーを震える手で揃えながら、私はたどたしく返す。


「そうなの?大丈夫?」

「え、え」と、僅かに笑みをみせて里村氏を見る。


さすがに食事途中で逃げるのはマナーとして頂けないが、これ以上ここに居るのは憚られたのだ。



「結構ラストのデザートがお勧めだったんだけど、体調悪いと美味しく思えないしね。
それにしても、急激に体調悪化したみたいだね。一気に顔色悪くなったしさ。

……何かあった?それとも、何かを見たの?」

「っ、」


「朱祢ちゃんが表情変える時って、悔しいけど“彼”関係だよね」

勘の鋭い里村氏の質問さえ今はすべて上手く処理できず、動揺は一気に増した。



無言を貫きながらも思う。……いっそのこと、社長と離れた方が楽かもしれないと。


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