みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
着せ替え人形の秘書がこうして何かを目撃しても、今後も感情を抑えるしか許されないなんて……。
そこでハッとした。――メガネのことより、感情を優先するなんてありえない。
「今度はどうしたの?」
「い、いえ。何でもございません」
「人間味があって面白いけどね」
里村氏の発言にはすべて含みがある。それなのに、点と点を繋ぎ合わせられずにいた。
節々に隠れたヒントすら、かつてない苦しみが今も心を覆って考えられなかったのだ。
どこか愉快そうに薄笑う彼すらも振り切れず、否定の意味を込めて頭を振るだけで精一杯。
「では」と、分の悪い私はそそくさと椅子から立ち上がった。
「折角だから、いいこと教えてあげるよ」
「……何を、ですか」
テーブルへ両肘をついて手を組んだ里村社長を、私は困惑しながらジッと見る。
「さっきのあかねって、俺の親類なんだ。あ、彼女の方はひらがなで“あかね”ね。
――簡単に言えば、叶が一番入れ込んでた相手。
まあ、あかねの方はご覧の通り、本気で叶と結婚したいらしいけどね。
それがどうだろう?“朱祢ちゃん”が現れたあたりから、状況が少し変わったみたいだ」
「……どうでも良いです。関係ありません」
「同じ名前なんて、まさに合縁奇縁だね」
今度は頬杖をつき、くすくすと綺麗に笑う里村氏にツキンと胸に痛みを覚えた。