みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


里村社長は追いかけて来ず、ホテルは来た時と同じく静かに出られた。


ホテルに呼び出すのならば普通、身体の関係に発展するはず。この年齢なら当たり前に考えること。


それを求められなかったことイコール、私は代わりにもなれない存在なのだろう。


些か安堵しつつ夜空を見上げた刹那、私は無数の星空から逃げるようにダッシュで街を駆け抜ける。


立ち止まった辺りからマンションまでは結局、道中で拾ったタクシーで帰宅することになった。


帰り着いた部屋の電気スイッチをつければあたたかい光が灯ったせいか、身体の力が抜けていく。


閑散としたリビングでどうにかひとつの写真立てを手にすると、堪え切れずにそこで膝から崩れ落ちた。


「も、う、無理だよ……」

今までどんな時にも決して言わなかった、“無理”のひと言が静寂でぼつりと響く。


「ふっ、うっ……うー」

――お願いだから、教えて欲しい。これでようやく、私の役目はなくなったよね?


「……とっ、こちゃっ、ねぇ…っ!」

どれだけ呼んでも呼んでも、宙へと飛んでは消えていく声。所詮、誰にも届くわけがないのだ。


写真の中で笑っている美しい彼女は、あの時の姿のままにこちらを見ているだけである。


「ううっ…、ご、……めっ」

本当は頭の中では、ずっと分かっていた。……いや、それから逃げていた。


彼の着せ替え人形になるのは、ひどく愚かで彼女を悲しませる行為なのだと――


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