みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
逢瀬、侘しい。
「何それ」
これは翌朝、出勤さなかの私へ開口一番に掛けられた言葉である。
もちろん朝から気分が悪くなった。冒頭の失礼発言の犯人は、口の悪い楓だ。
自社ビルまで2人徒歩で向かいながらも、隣からはジーッと視線を感じて痛い。
「ねえ返事は?」
さらに急かしてくるデカわんこに、本当は舌打ちしたいところだが。
「映画見てたら、予想外に感動したの」
彼の顔を見ることなく、正面を見据えて歩く私は無表情のままに嘘を吐いた。
そんな昨夜は、あれから泣き疲れて眠ってしまった。起きたら目が腫れていて散々。
おまけにメイクもオフしていなくて、朝から顔パックにレスキューを求めた。
こんな時、つくづく自分が20代なのだと思い知らされる。10代のうっかりミスはまかり通らない。
「出目金になるまで泣けた?」
「うるさい。感動超大作だったのよ」
よりによって、今夜が社長と会う日だから最悪。……あとは腫れを引くのを願うばかりだ。
「うそつけ。“観客全員が大号泣”の触れ込みの映画、つまんないって酷評したクセに」
「まだ覚えてたの?」
そこで初めて彼の方を見た。――半年前に楓のオススメで観に行った映画の件、未だ根に持っているのか。