みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


すると隣の男は表情だけはクール。もちろん、本性を包み隠しているにすぎないが。


「周りが泣いてる時に、欠伸してたヤツが言うな」

「ファンタジーもどき、おまけに終始甘いだけの話の一体どこで泣けと?」

「へー、そんな女のお眼鏡にかなった映画のタイトルなら、ぜひとも聞きたいね」


「……も、もう会わないよ、ベイべ」

「うわ、センスゼロ。言って恥ずかしくなかった?
ていうか、いい加減に嘘吐くの疲れない?」

口にした私の方が恥を忍んでいたというのに。容赦なく言う男に、チッと舌打ちをする。


そうして自社ビルのエントランスを潜ったところで、どちらも溜め息をついた。


その直後に私は彼の右腕を取ると、まだ出社時間には早く閑散としたその場で止まる。


向かい合えば相変わらず無骨な表情の男。どちらも互いの悪態をつきまくってはいるが、本当はよく分かっている。


楓のお洒落なメガネをかけたその奥の眼差しは、口とは裏腹に優しさがあることを。


「……今度はサスペンスにしよ」

「却下」と、にべもなく返すわんこに、10秒前の発言を撤回してやる。


「じゃあ私が欠伸するようなヤツなら、楓が代金返してね」

「うわ、せこい女」

「よく言う。怖がりのヘタレが」

「はっ、女子力ゼロの女に言われても」

罵り合いも落ち着いたところで、楓は私の肩を叩いてフッと口角を上げた。


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