みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
こうして彼は少し触れても無理には聞き出そうとせず、最後は面倒がる。女同士でも案外難しいこの距離感が、じつに心地よい。
「まあ朱祢は良いオンナじゃないけど、そういうヤツほどモテるよね」
「うるさい。そっちこそ真面目ぶってセックス好きのくせに」
「セクハラおやじ」
「アラサー一歩手前でも女は捨ててないっての」
「ひまわりんに、朱祢は“ねえね”じゃなくて“じいじ”呼びを植え付けるか」
「その前にアンタを出禁にするっての」
そこで見合った瞬間、ハハッと閑散としたフロアに響く。まさに、大人げないケンカ両成敗だ。
半年後のいつか――は未定でも、私がChain社から去る日は着実に迫っている。
それでも中学から続く晴のように、楓や信ちゃんとはずっと繋がっていたい……。
その後、いつものごとくエレベーター内で別れた。私は立ち寄った更衣室で気を引き締めたのち、秘書室へと向かう。
ドアを開ける前に、パチンと頬を両手で叩いた。秘書の間宮は何時でも平常心だ、と気合いを入れて。
* * *
「急ぎで社長に承認印をお願いしたいの。あ、連絡済だからOKよ」
「かしこまりました」
お昼すぎ、荒川さんの指示と共に差し出された書類を笑顔で受け取る私がいた。
秘書室を出てそのまま足早に向かった先は、悪の巣窟もとい社長室。
今日も階段をダッシュし、最奥に位置する目的地までは早足だ。
ブラウンの重厚な扉を前に立ち止まると、コンコンとノック音を立てた。
「はい?」
「間宮です。荒川さんの件で伺いました」