みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
扉の向こうから了承の声が届くと、私はすぐさまドアを開けて入室する。
「あ、……すみません。お取り込み中に失礼します」
これでも微かな緊張はあった。――それが取り越し苦労と分かったのは、社長室へ入った瞬間のこと。
「いやいい」
それは社長が定位置のプレジデントデスクではなく、テーブル席でチーフと打ち合わせ中だったため。
もちろん平静を装って中を進む。そして資料を社長に提示し、問題なく了承印を頂いた。
「では失礼いたし、」
「間宮さん」
「はい、何でしょうか?」
中途半端な一礼に終わったが、社長の呼びかけに応じ微笑を見せる。
「それを置いたら、直ちに戻ってきて欲しい」
淡々と告げるその表情に、もはや頭の片隅にあった一抹の不安さえも消えた。
「かしこまりました。では、3分以内に参ります」
そう言い残して部屋を出ると、静かなフロアをダッシュで駆け抜けることに。
慌てて階下の秘書室へ戻った私は、一目散で荒木さんの元へ向かう。
そして肝心の書類を渡すと、ついでに不在の言付けをしてから踵を返す。
2度目の階段ダッシュには息を上げながらも、宣言どおりジャスト3分で到着した。
「さすが、秘書の間宮さん」
「お褒め頂きありがとうございます」
笑顔で嫌味をスルーすれば、チーフの隣のチェアに座るよう促される。
この日当たり抜群の広々とした社長室は、即席の会議場も兼ねていた。
そのため十名ほどが座れるチェアと、大きな丸テーブルが置かれている。
ここで会議を行う場合は、出席者が戦々恐々とする事案のみ。――つまるところ、いま私はその場へ誘われたというわけだ。
これは首を洗って待っていろ?それとも、まな板の鯉ということ?
「そんなに固くならないで良い。糾弾するために呼んでないぞ」
すると隣の席から、珍しくフォローめいた言葉をかけられる。
「はぁ」と生返事になったのは、チーフの声には安心感が欠けるためだろうか。
「――間宮さん」