みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
今度はチーフの隣向こうから呼ばれてそちらを見れば、完全にビジネス・モードの顔をした社長と目が合う。
――昨晩の女性をいざなう男とはまるで違う、シリアスな社長を前に胸が痛んだ。
こうして関係を思い悩むのは、いつも私だけ。……新聞と同じく、その日に読んだら捨てられる役割なのだと。
つねづね女性を誑し込むその顔を注視していると、薄く形の良い唇が動いた。
「今日から君の職場をここに変えて貰う」
「えっ」
思いもよらぬ発言に、驚きの声が漏れてしまう。
「知ってのとおり、建設とアパレル部門は今が正念場だ。
はっきり言って今後、国内では伸び率も狭まる一方。まあ、これは残念ながら日本の現況だね」
苦笑して言う社長に同意するよう、私は一度大きく頷いた。
事実、海外――特に発展途上国の経済成長度合いはめざましいものがある。
また日本の大手企業の海外進出によって、国内に取り残された企業は淘汰(とうた)されていくだろう。
上場企業だから安心、という不敗神話さえいずれ崩れていくかもしれない。
「少なからずウチも不況の煽りを受けてる。これは事実。だが、変わらず攻め続けるのがChainのポリシーだからね。
間宮さんは俺についてくれているし、これはよく分かっているはずだ。
――守りに転じればそこで企業としての成長は終わる」
「はい、もちろんでございます。社長の仰る通りにございます」
「いつもヨイショが上手だね」
「私にヨイショする技量はありません」
「そう?ところで、国外の市場開拓を進めていた経営戦略部長は分かるね?」
そこで言葉を止めて聞く彼に、「はい」と短く頷いた。
すると、端正な顔に陰りが見えた。――仕える者にしか分からない、俄かな変化だが。