みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


ジッと薄墨色の瞳を見つめる私。すると一拍の間を置いて、社長が口を開いた。


「これは今のところ極秘なんだけど、部長が2日前に病気で長期入院に入った」

「……病状は、いかがなのでしょうか?」

「ああ、快方に向かうと願いたい」

硬い表情を崩さないその返事は、色よいものではなかった。


ちなみに経営戦略部長とは、40代前半の溌剌(はつらつ)とした方である。


しかし、社長の言葉から察するに、部長の病状はあまり宜しくないのだろう。


「彼が不在だといって、現プロジェクトや今後に影響が及ぶのは本末転倒だ。

そこで表向きは部長代理の補佐としてになるが、田中チーフに陣頭指揮を執らせることにした。――さて、ここからが間宮さんの話になる」

「と、申しますのは?」

薄墨色の瞳を真っ直ぐ見ていると、デスク上で手を組んだ彼は妖しく笑う。


それは昨夜に対峙した最悪な性格の男と比べれば、意地の悪さは薄いと思えた。


「チーフは俺の秘書業務より、他部署のヘルプに追われているのが実状。
ただ彼を経営戦略のトップに据えるなら、秘書業務を省くのが最善になる」

チラリと視線のみを動かす。すると視界の隅に、憮然としたチーフの顔を捉えた。


明らかに苛立った彼の双眸は、まさにアイスピックの如く社長へ注がれている。


私は二次災害を避けるため、すぐさま社長を注視した。……怖すぎだ。その目つきで歩いてると職質されるって。


「そこで」と、それを軽く一蹴した男は飄々としている。どうやら嘘っぱちの笑みを浮かべた社長の勝ちらしい。



「間宮さんには、チーフの秘書業務の大半を引き継いで欲しい。
あと俺も件(くだん)には最大限、補佐することにした。
それで今後は不在時間が増えるから、社長秘書室ですべての対応にあたって貰いたい」


しかし、ここで火の粉が飛んでくるとは横暴だ。私は社長を一点に捉えたまま、しばし言葉を失っていた。


< 167 / 255 >

この作品をシェア

pagetop