みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
ライトグリーンのネクタイにグレイのスーツという、本日の社長の出で立ちは爽やかだ。
しかしながら、彼の放つ言葉はそれに相対してシビアである。
「……手一杯、というのは心外ですが」
「強情だから、俺がこうして打診したんだ。
そもそも昨日、伝えるように指示したのを破ったのは誰だ?」
「では、社長のご厚情に感謝申し上げなければなりませんね」
「嫌味で話をすり替えるな」
「どうとでも仰って下さい」
チーフと言い合う社長の方は、どこか楽しそうではあるけども。
傍らで考えのまとまらない私は、憮然としてそれを見る羽目に。
ちなみにこの社長室では、お客様を応対することが一切ない。
前社長こと現会長の趣味で設けられた茶室と、お洒落な洋室が接客専用にある。そのため今まで、秘書室での勤務で私の役目は事足りていたのだ。
あと半年ほどで辞めるつもりが、まさに青天の霹靂としかいえないでしょ……?
あれこれと思案する間もなく、心地よい声で「間宮さん」と呼ばれる。
「チーフの体面上、筆頭秘書はチーフのままでいく。
だが、君の責任が増す分の対価はもちろん払う。それは約束するよ」
「と、いうことだ」
「そうじゃないだろ」と、チーフのひと言を非難した社長の目つきは鋭い。
「……もちろん徐々にで構わない。
突然だが、どうかよろしく頼む」
するとブラックスーツを涼やかに着こなしたチーフに突如、頭を下げられる。
「いえ、とんでもございません。
私では力不足と存じますが、」
「そう思ってたら頼まないよ。
君の仕事ぶりを分かっているから、こうして打診してるんだ」
ひどく落ち着いた声色で、意見を遮った社長へと視線を移す。