みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
ジッと社長を見つめた。――貴方は私の何を見て、何を知っているのか問いたくなる。
「とにかく、我々が信頼しているから託すことにしたんだ。
語弊があるだろうが、俺は使えない者に時間を割くほど暇はないからね。
これは決定事項。――今は通達も終わった。早速、移動を頼むよ」
いきなり目の前に刃を向けられても、丸腰では抗う術もない。
冷たい薄墨色の瞳は相変わらず冷たい。私が必要とされるのは、使える駒としてだけらしい。
「……かしこまりました」
ここで首を横に振れば、キャリアは終わる。――所詮、雇われ社員なのだから。
歴然とした立場の違いに無常さを感じる余裕はない。これが社会人として生きるということ。
その後はスムーズに話が進み、次の予定の迫っていた2人が、先に社長室を退出することに。
見送った私は早速、資料等の移動作業に取りかかった。
だがしかし、いきなり荷造りを始めた私に秘書室の面々は驚嘆する。
その筆頭格である荒木さんの発狂で色々と質され、どこまで話すべきか迷った挙げ句。
「チーフの指示」だと適当に言い包めて、以降は口を噤んでおいた。
その後は、秘書室から社長室までを往復することになる。勿論エレベーターを使ったものの、段ボールを運んだあとで整理するのも重労働。
いつもならスタイル・アップに欠かせないハイヒールだが、今日は恨みの矛先へと変わっていた。
こうして社長秘書室にすべてのデータを揃えた頃には、ゆうに1時間を過ぎていた。