みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


社長室の隣に専用ドアがある此処は、中で部屋続きとなっていて出入り自由。


また応対業務を行わないため、デスクと書庫に囲われたシンプルな仕事場だ。


ふたつある内のひとつのチェアを引き、ようやく腰を下ろした私。


PCの電源をONすれば、真っ暗だった画面に光が宿った。それをぼんやりと眺めつつ、溜め息を吐いた。


そして考えを整理していく。――辞めます、とあの場で言うべきだったのかと。


でも、必死な様子を目の当たりしてきたから。上司である彼らに一矢報いたいと思ったのだ。


……彼女だって、きっと私と同じ選択をしたはずだ。困っている人を前に逃げるわけがない。


やはり間違っていない。――せめてこの難局を乗り切るまでは、秘書の間宮であり続けよう。


ガチャリ、と隣からドアの開く音が聞こえた。続き扉を開くと、プレジデント・デスクへダレスバッグを置いた社長を捉える。


「お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま」

少し疲れた様子の彼に私は笑顔で一礼し、すぐさまドアを閉めた。


これはChain社独自の決まりごと。――恭しいやり取りこそ、時間の無駄で省くべき。


まして秘書や部下を使う前に、上司が自ら率先して動き手本となる。


これには社員と重役との垣根を取り払い、互いの能率をアップする意図が隠されているそう。


若き精鋭こと社長はそれらを忠実に行うため、周囲にも認められているのだ。


階下で途中だった書類作成を開始すると、暫くして据え付け電話が鳴り響く。


「――間宮でございます」

「俺だ。G.K社のシンガポール工場視察が明後日から4日間で決まった。
それに建材部とマーケティング部の部長が同行するから、不在中は頼んだよ」

「かしこまりました」

社長からの電話には名前のみで応じ、手短に終えるのが暗黙の了解だ。


受話器を沈めると予定表へ電話の件を入力し、真っ白な壁を見つめる。


こうして責務が増すほど、きっと夜の関係は薄れていくのかもしれないと……。


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