みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
こうして叱責されつつ始まった引き継ぎも、その日の夕方には何となく大まかな流れを把握出来るまでになっていた。
多忙を極めるチーフだが、プライベートを話す関係でもないのでさして会話もない。
女子の多い職場で働く男性は必然的に、お喋りか寡黙の二者に分かれる。もちろん後者な彼と2人きりの社長秘書室へ一本の電話が入った。
「まみ、」
「間宮さん!はっ、早く秘書室へ来て!」
“間宮です”と名乗る前に遮られてしまう。電話向こうの荒木さんからの困惑声に混ざった室内の騒ぎ声とともに。
「ちょ、っとー!」
「え、あ、荒木さん!?」
そこでブツン、と切れてしまった内線電話。あとは私の耳元でツーツーと会話終了音が響くだけだ。
受話器を置いて隣席のチーフに視線を送ると、電話の声が聞こえたのだろうか彼は眉根を寄せていた。
「あの、秘書室へ行って参ります!」
現場へ向かうため逃げるように言うと、すぐ立ち上がった私は社長秘書室を飛び出した。
超ハイヒールの今日はエレベーターを選択するのが賢明だ。ボタンを押して待つこと1分で扉が開いてくれた。
「ああ、間宮さん」
「――お帰りなさいませ」
だが一歩を踏み出すより早く、そのエレベーターに乗ってきた社長と出くわす羽目に。
淡々と秘書の顔を貫きつつも、いつもと同じ態度の彼を前にどこか肩すかしを食らった気分だった。