みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
唇を塞いだ一瞬の柔らかな感触と、誘惑的な眼差しを思うだけで強ばる身体。
それらにキュッと摘ままれた心を証明するように鼓動は跳ねて、ほとほと自分に嫌気がさす。
――記憶を忘れるよりも印象を残す方が簡単だ、とひとり自嘲する外なかった。
熱の籠る身に平常心と言い聞かせつつも、足早に向かった先は秘書室。
だがその部屋へと近づくにつれ、日々の喧噪とは全く毛色の違う声が辺りを包んでいた。
そもそも電話での荒木さんの慌てようといい、平穏が取り柄のここで何があったのか……?
「間宮です」と言い、賑わしい目の前の扉をノックして開けた瞬間。
その先で前方を塞いでいたらしい大きな物体に、ドンッと勢い良くぶつかった。
「ぐ、えっ」
カエルがつぶれたような情けない声を出した私の視界は真っ暗になる。
それらに驚く間もなく身をさらに前方へと引き寄せられ、強靭なその力になす術もない。
「だっ」
“誰だ放せ!”と紡ぐより早く、馴染みのある爽やかな香りが鼻腔を擽って抵抗を止めた。
「……か、ね」
「か……、えで?」
遠慮がちに呼べば、言葉の代わりに抱き寄せる強まった力が教えてくれた。目の前の広い胸は、楓その人だと。
「あ、かね」
「どうしたの?」
「…んで、」
私をかき抱きながら絞り出される彼の声に、いつもの覇気は一切感じられない。