みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


騒ぎを起こした私たちは、どうにか頭だけは下げてから秘書室を退出できた。


楓の腕に縋りながらも互いに身体を支え合い、無言のままエレベーターの到着を待つ。


その間もずっと、ガクガクと足が不安げに震えていた。ぼんやりしたまま焦点も定まらないでいる。


楓の言葉がリフレインするだけの脳内は、まさに役立たずそのものだった……。



『信がベルギーで事故に遭って、……重体』


楓がさっき私に告げた衝撃の言葉に、ただ胸が痛くて堪らない。――何で?嘘でしょう?と。


先日、会ったばかりの大好きな信ちゃん。あの時だって、楽しくお酒を飲みながら旅行の約束までしていたのに。……一体どうして?


真っ白な頭でエレベーターに楓と2人乗り込み、すぐに最上階まで到着する。


楓にはドアの前で待つようにお願いして、ノック後に社長秘書室の扉をゆっくり開いた。


その向こうへ足を踏み入れたところ、いつも以上に険しい顔をしたチーフと対峙する。



「――私情を挟むなと言いたいところが今日は帰れ。有休消化にちょうど良い。
その顔で残られても迷惑だ」

「……大変、申し訳ございません」

口調は相変わらずだが、仕事第一の彼なりの温情だろう。私は機械的にデスク上を片づけ、最後に頭を下げたあと荷物を手に部屋を出た。



「行くとこあるから」


外で待っていた楓の呟きに力なく頷いただけ。肝心な時に支えてあげられない申し訳なさを感じながら……。


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