みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
7000円ほどのお釣りを受け取って外へ出る。先に降りていた楓といえば、とあるビルの地下階段を降りはじめていた。
「早く行くよ」
「うん」
いつもと同じ調子の声が掛かり、急ぎ足でその背中を追うことに。
少し暗がりなその階段をカンカンと音を鳴らしては、彼のすぐ後ろを進んで行く。
そうして十段ほど降りると、一軒のお洒落な雰囲気の漂うバーの扉を前に足を止めた。
ちなみに、現在14時をすぎたところ。お店の前には当然、“CLOSED”のプレートが出ていた。その下には18時から開始とも記してある。
すると楓は、あろうことにそれを隅へ除けてドアへと手をかけたではないか。
呆気に取られる私をよそに、シックな黒色の扉は開店前にもかかわらず微かな音を立てて開いた。
おそるおそる彼越しに前を覗けば、その向こうはバーらしい鈍い光に満ちている。
「何やってんの」と、近くで声が聞こえて我に返る私。身動ぎせず視線を上げれば、盾にしていた楓は些か呆れた様子。
苦笑いで姿勢を正す私を置き去りに、彼はつかつかと店内を進む。そして最奥のスツールに座る2人の男女の前で止まった。
このお店に初めて訪れたように、もちろん彼らとは初対面である。困惑しつつも店内を静かに歩いて向かう。
「煌さん、伽耶さん、遅くなってごめん」
淡々とした楓の声でスツールごと振り向く2人。彼の後ろで見守っていた私はそこでハッとする。