みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
男性の方は赤のネルシャツに黒デニムを合わせたラフ・スタイルで、整った顔をさらに際立たせている。
もうひとりはスラリとした体型にパンツ・スーツがよく合う、同年代らしき綺麗な女性だ。
その色っぽく吸い込まれそうなアーモンド形の目に、何故だか私は既視感を覚えていた。
すると徐ろに席を立ったその女性は、そのまま楓に勢いよく抱きついた。
「楓くん!もうっ!電話してたのになんで出ないのー!?」
俯きながらそう言うと、か細い腕を振っては拳で楓の胸を何度もポカポカと叩いている。
「ごめんね」と苦笑するデカわんこ。今もスマホはデスク上にあるはず。……だから、あれほど取りに行けって言ったのに。
「もうっ」
「それで、……信耶は」
遠慮がちな問いに、いきなりピタリと動きを止めた女性。顔を上げたその顔には、ひと筋の涙が伝っていた。
「さっき、ね?現地から連絡があってね。
お、お兄ちゃん、大丈夫だよ……っ!」
その言葉を聞いた途端、今度は楓が喜びそのままに華奢な女性を強くハグした。
「よ、かった……」
ただひと言、低い声色で呟いた楓。そこから彼がどれほど苦しんでいたかが伝わって来るほどに。
やはり既視感も間違いではなかった。泣き笑う彼女こと伽耶さんは、信ちゃんの妹さんらしい。
信ちゃんに会うとよく妹さんの名前や話題が出ていたけれど、その通りの人なのだと感じた。