みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


出来上がった箱型の密室空間で暫し呆然、としていたのはどうやら私だけのようで。


「何してんの」

「…何も、」

後方から届いたバリトンの声音はやけに冷たく響き、上手い言葉が見つからない。


そんな私の返答にハアと大きな溜め息を吐き出されて、ますます振り返るべきでないと踏んだ。


「申し訳ございません」

高速エレベーターが早く地上へと降り立ってくれないだろうか、と願いながらまずは謝罪すべきと呟いていた。


「何に対して?」

「…里村社長への無礼に、」


“本日は第2秘書の分際で、出過ぎた真似を致しました”――と重ねようとした刹那。


背後でバンッ、と壁を叩く音が狭い室内に木霊し、肩を揺らしながら振り向いてしまった。


そうして捉えたのは、いつもの柔和な表情とはほど遠く。薄墨色のような瞳に孕む、怒りを成した眼差しで息を呑んだ。



「あの人に喰われたいワケ?」


「…そんな訳ございません。私はただ、」


「ただ、何?」


ジョンロブのピカピカの革靴でじりじり、とこちらへ詰め寄る彼のせいで立つ瀬がいよいよなくなった。


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