みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
私の肩へと顎を乗せ、ふぅと息をひとつ吐いた楓。普段とはかけ離れたそれは、彼の奥底の心情を告げているようだ。
「……もし、信耶がいなくなったらって、最悪なことを考える自分がすごく嫌だった」
「うん」
さっきとはまるで違う、覇気のない声色。それがまた葛藤を物語っていた。
楓は精神的に脆いところがある。それを悟られたくない、と仕事中は無表情に徹していた。
そのせいか、心から信頼を寄せる人は限りなく少ない。――まさに私と一緒で、付き合い辛い性質を持った人間といえる。
だからこそ、琴線に触れると途端に“爆発”してしまう。
秘書室での件もそう。彼にとって心の拠り所である信ちゃんの話を聞き、我を忘れて友人の私に救いを求めに来たのだ。
慰めて欲しいのではなく、ただ目の前を覆った暗闇が怖くて堪らないと……。
寄り掛かったままのふわふわな髪を撫でる。滅多にないこんな時、いつも思い返すフレーズがあった。
『私は素直な人間が大好きよ。不器用で弱くても良いの。
でもね、その場から逃げてはダメよ。――ありのままの自分を愛して、自分の甘さに負けない人でいてね』
胸に突き刺さるこの言葉を反芻したのは、これでいったい何度目になるのだろう?
どんな時でも優しく笑って、何度も諭してくれた潔い人。未だに、自身を愛せない私で本当にごめんね……。