みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
逢瀬、決める。
電車を乗り継ぎ到着した社屋を目前にして、同行を制された私は楓と別れた。そして社員用の裏口からこっそり入り、到着したエレベーターに潜り込む。
居合わせた空間内で、ひそひそ囁く女子社員の幾多の声と視線にはうんざり。多分、経理部から話が漏れたのだろう。
荒木さんが牛耳る秘書室から面倒事が漏れないのは、在籍しているためよく分かっている。
とはいえ目立たないように過ごしているとこの状況は煩わしいが、部外者の噂話など一切気にしない。……真実でないものに囚われる方が愚かしいことだから。
作業場となる最上階の社長室へと戻る前に、まずは一階下の秘書室に立ち寄ってお詫びをした。
色々と聞きたそうな荒木さんたちだが、そこは秘書。予想したように分別を弁えた先輩に救われる。
お陰で今回は余計な詮索もなく、謝罪のみ穏やかに受け入れてくれたことにひどく安堵した。
秘書室を退出後、ひとり乗り込んだエレベーターは最上階で停止。私は速やかにその空間を抜け出て歩み始めた。
常務、専務室を通過しながら最奥を目指して行く。暫くして辿り着いた大きなブラウンのドアは、いつも通りにピタリと閉じていた。
そんな無機質に光る社長室のプレートを尻目に、私は隣の社長秘書室の扉をノックして入室する。
「失礼します」
ドアの向こうでは、奥のデスクでひとりPCと向き合うチーフの姿を捉えた。静かに後ろ手で扉を閉めて、淡々と作業する彼の元へ歩み寄る。
「大変申し訳ございません」
「謝る時間を仕事に充てろ」
「かしこまりました」
主語も視線も合わない、じつに無駄を省いた会話。その間も、チーフは眉根をほんの少し寄せた程度である。