みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
関心を抱かない彼らしいと思いつつ、肩にかけていたバッグを傍らに置いてデスクについた。
直後に起動させたデスク上のPCが光りを宿し、間髪入れずにキーボードを叩く。
「あ、れ」
だがしかし、低い私の声が静寂に包まれた室内に響いてしまう。
それはログイン画面に従ってパスワードを入力したにも拘らず、目の前のPCがエラーを表示したため。
慣れゆえのタイプ・ミスかと思い、今度はテンキーを確認しながら慎重に行なう。だが予想を裏切り、二度目も同じ現象が起こった。
そこでPCのキーボードから手を離して、タイプ音の響く方へと視線を移す。
「失礼ですがチーフ」
「なんだ」
隣席の彼は通常どおりこちらを見ることなく、いつもの冷たい声だけが返ってきた。
「PCに異常は見当たりませんが、私のパスワードを入力してもエラー・メッセージが表示します」
「なに?」と、そこでようやく訝しげな視線がこちらへ向けられる。
「当初は入力ミスかと思い、確認のため2度目を入力したのでこれ以上の操作は出来かねます」
「どういうことだ?」
「それは分かりかねます。次回の変更時期は3ヶ月もありますので」
ちなみに社内PCは、機密情報保護の理由から定期的なパスワード変更が義務化されている。
現在の設定変更は約2週間前にしていた。パスワードは自ら決められるため、間違うことも考えにくい。
いくら変更して日が浅いとはいえ、今日の昼まで何度も入力していたのだ。初歩的ミスでないことは確かである。