みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
こうなることを願っていたはずなのに。こうなるように仕向けたというのに。
実際は拒絶されたら、こんなにも打ちのめされる自分がいたとは愚弄するしかない……。
「悪いが、資料室の整理を頼む」
「分かりました」と、チーフの指示を了承したのちPCをシャットダウンして立ち上がった。
社長が自ら指示して管理課にパスワードを変更させたイコール、誰も勝手な真似は出来ない。
つまり彼に切り捨てられた私は、これ以上この場にいても邪魔でしかないのだ。
バッグを手にしてドアノブに手を置いた時、「間宮さん」と背中に声がかかる。
「辞めるつもりか?」
淡々とした口調でいて容赦ないチーフの問い掛けに、ほんのわずか目を見張った。
「どうする?」
急かす口調に苦笑しつつ振り返った私は、臆することなく鋭い視線を受け止めた。
「チーフが以前、仰っていたじゃないですか。――まずはボスの信頼を得ろ。だが信頼を失った瞬間、秘書失格も同然だと。
私はもう、……社長のサポートをする資格はございません」
「君はそれで良いのか?」
分別ある大人然として答えたというのに。彼らしくもない言葉に戸惑い、つい視線を逸らしてしまう。
「……失礼いたします」
“不本意です”とは言える筈もなくて、固く口を閉ざすと逃げるように背を向けた。
小さく一礼をしてから、後ろ手に社長秘書室の扉を閉める。壁に背をつけた刹那、チラリと見たのは隣の部屋のドアだった。
“……叶?”
するとドア越しにかすかに聞こえた女性の声に、ひとり狼狽してしまう。……あかりさんだ。
彼女を愛しむ社長の声を聞きたくないと、私はその場から逃げるようにがむしゃらに駆けていた。