みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
テーブルに置いたのは便せんと万年筆。いざペンを手に書こうとしても、用紙は真っ白なままだった。
何度目かのそれに溜め息を吐き後ろを見やる。そうして笑顔の美しい、ひとりの女性が写るフォト・フレームを捉えた。
「ごめんね、……とうこちゃん」
届く訳のない、あまりにも遅すぎる謝罪。行き場のない思いは今日もあっさり、宙に舞うように消えていく。
変わらない姿と、あっという間に変わってしまった私。悔しいけれど、里村社長の言葉の通りだった。
好きにならなければ……、せめて近づかなければ良かった。
そう思うのに、今も社長の顔が浮かんでしまう自分の心が憎くなる。
たかが1ヶ月……、いや前からずっと、かのオトコに心を奪われていたと示すようで情けないものだ。
“ここでは社長じゃない”
名前を呼べと強要されても拒み続けたのは、この感情を認めないがための最後の手段だった。
心から零れそうな想いを留め、身体だけの関係だと割り切るために。
だけど本当は、ずっと私自身をその眼に映して欲しかった。
身代わりにならなければ良かったと感じさせるほど、薄墨色の双眸は優しかったから。