みだりな逢瀬-お仕事の刹那-


「辞めてどうする」

「まだ何も考えておりません。ただ実家に戻ってからゆっくり考えようかと」

そこでバッグから退職届を取り出すと、書類で埋めつくされたチーフのデスク上の隅に置く。


昨夜、何枚もの便箋をダメにして書き上げた慣例的な文章。それを入れた封筒には、退職届の字を綴ってある。


「そうか」と言ったあと、彼の視線はあっさり逸れて再びPCに落ちた。


「失礼します」

もう一度頭を下げて踵を返した時、「間宮さん」と呼ぶ低い声に立ち止まる。


その声色にビクリと小さく肩が揺れたものの、平静を装って振り向いた。


「これは社長が了承の上か?」

「――いいえ、社長とは何ら関係ございません」

「アイツを捨てるのか?」

実はプライベートでも仲のよい彼ら。だがしかし、社長をアイツ呼ばわりするなど初めてだった。


どこか苛立ったようなチーフの物言いに、私からは悲しい笑みしか生まれない。


「……捨てられるような関係では」

「逃げるのか?確かに辞める云々は個人の勝手だが、こちらからすれば君の行動は些か卑怯に映る」

「っ、」

自信なさげな言葉は易く遮られてしまい、強い非難にグッと声を詰まらせた。


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