みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
逢瀬、化かす。
CK社をあとにしての車内は行きと打って変わり、どうやら自社オフィスまで無言を貫き通すつもりの社長。
愛用のiPadを素早くタッチしながら、膨大な数のメール・チェックをしている模様。その横顔は既にビジネス・モードで何も読み取れない。
ただし、チッと舌打ち音が時どき聞こえるあたり、ご機嫌は宜しくないことは確か。…私との一件が数パーセント、それに含まれているに違いない。
そのためベンツEクラス内は不穏な空気が漂っており、一切の事情を知らない運転手さんが可哀想なだけ。
この男の嘘っぱちスマイルを日々絶賛する女性たちに、ぜひとも真の姿をご覧頂きたいものだ。
大体コッチの方が不快感を露わにしたい。けども、職務がそれを簡単に阻んだため無表情であり続けた。
始めから秘書は務まらないと思っていたし…。今回の失敗で彼と関わることもなくなるだろう、とプラスへ思考チェンジしていたのに。
“言っとくけど、間宮さんの思惑通りにいかないよ”
待っていた車へと乗る直前――クスクスと笑ってそう囁いた社長。小馬鹿したような口ぶりも絶対に恨んでやる。
痛みを知り得ないオトコ――確かに覆り掛けたことは何度かあったけど、今日改めて正しかったと実感した…。
* * *
「――で、“この状況”でいつまでrewind(巻き戻し)するの?」
「…自分の行いを償う状況に至るまでです」
コトの始まりとなる前日を思い描いていれば、バリトンの声音と目の前の薄墨色の瞳があっさり現実へと引き戻した。
裸のまま見つめ合うのは嫌だと僅かに動けば、ギシリとベッドのスプリング音が鳴り響く。