みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
後ろ手にドアを閉めると、パタンと後ろで音が小さく鳴った。
昨夜から張りつめていた緊張感から、ほんの少し解き放たれたのだろうか。
一気に脱力感が襲ってきたが、窓の外のビル群を見つめながら心を落ち着かせる。
チーフとの会話は時間にして15分ほど。皆の出勤時間より早く終えられて安堵した。
一歩を踏み出せた自分を勇気づけるかのように、誰ひとりいないフロアを闊歩して行く。
同じ階にある資料室に到着した私は、秘書室から借りてきた鍵で施錠を解き入室した。
すぐにドアを閉めると、紙の古ぼけた匂いが鼻腔をつく。
ブラウンの事務テーブル上にバッグを置き、中からスマホを取り出す。その画面をスライドして操作してから耳元へ近づけた。
無機質なコール音が何度か鳴ったのち、静寂に切り替わる。
「――おはよう。早くにどうしたの?」
「おはようございます。早朝より申し訳ございません、里村社長」
「堅いなあ。無理だったら出ないだけだよ」
朝から声が聞けて嬉しいよと加えられ、くつくつ喉を鳴らすような笑い声が届いた。