みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
そう、こちらから掛けた通話相手とは里村社長その人だ。
「……素直に負けを認めます」
「というと?」
「辞めることで話がつきました」
「へえ」
突拍子もない言葉さえ全く動揺を見せないあたり、さすが大企業のトップというべきか。
「これで貴方の仰る“面白いこと”もなくなりましたね。どうです、今のご気分は?」
「まぁ、意外に早く決着がついたのが残念かな」
まるで子供が楽しみを取られたように言う彼の語調に、どうしても嫌悪感を抱いてしまう。
負けた悔しさより、ひたすら苛立ちが募る。――そんな簡単に人の心を扱わないで欲しいと。
「彼女の件は、……誤解ですから」
「なにが?」
言葉を濁した発言の真意を探るためか、里村氏の声は俄かに低い。
「相手を思えばの行動、だとしたら?」
「なに」
「それが彼女なりの最後の愛情なんです。
つまり社長を傷つけようとする貴方の行為は、同時に彼女を貶めているのですよ?
貴方はそれでもまだ、2人のことにご介入なさるつもりですか?」
「――それが許せないんだよ!」
琴線に触れた、と言わんばかりに彼はそこで初めて怒号を響かせた。