みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
「桔梗谷 禎一」
「な、に!?」
ひとりの名前を出せば、明らかに狼狽えた声が返ってきた。
「あら?色々とお調べになった割に、私の性分までは存じ上げないようですね。
これでも性格が悪いんです。“使えるものはその時まで温存しておく”のがモットーなので、私はハナから貴方に負け試合を受けていませんよ。
今後まだ何か企もうとするようでしたら……桔梗谷が直ちに動きますので」
地味にひっそり、目立たないように息をひそめて生きてきた。これはもしもの時が今だ、と踏んでの行動である。
「桔梗谷家と、一体どういう関係だ!?」
「そちらまでお調べつかなくて当然でしょうね。ここでお答えするのはナンセンスですわ。
はっきり申し上げれば――貴方にお伝えする必要はございません。
ひとつ言わせて頂くなら……、貴方に強硬策があるように、私にも最後の砦が存在するだけのことですよ。
あ、今後いくら調査しようと事実は解りかねるかと。――桔梗谷が不穏な動きを察しないわけがございませんので」
ふふっと笑みを浮かべて笑えば、静寂の室内にそれは奇妙に響いていた。
電話の向こうの相手は暫しの沈黙ののち、「朱祢ちゃん」と私を呼ぶ。
「何でしょう?」
「……分かった。桔梗谷については聞かない。だが、ひとつだけ聞きたい。
なぜ君がそこにいる?メリットなんてないだろう?何が目的だったんだ?」
先ほどまでとはまったく違う覇気のない声色は、彼の表情までありありと伝わって来る。