みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
ハッ、と顔を上げた時には遅い。彼は無表情のまま、私のスマホを耳へ近づけていた。
「里村さん、高瀬川です。ええ、おはようございます」
口角をほんの少し上げ、通話相手に穏やかに話しかける社長。
ネイビー色のスーツに、モスグリーンの太ストライプ・ネクタイを合わせた今日の出で立ち。
薄墨色の瞳の澄んだ色に、漆黒の髪も相俟って爽やかさ全開。整った容姿に合うものを知り得ている、と傍目にも分かるスタイルである。
だが今の私はそれよりも、彼自身が放つ不機嫌さに慄いていた。
すると社長は薄ら笑みを浮かべた直後、薄墨色の目の色を一気に変える彼。
傍らで私は、ぞくりと背筋が凍る気がした。――その眼差しは、かつて私を怒鳴った時と同じものだと。
「ふっ、ずるいなー。ゴルフはシングルな里村さんの勝ちは必然じゃないですか。俺はテニスが性分に合うんで」
そうして顔は一切笑っていないのに、それを臆尾にも出さず軽口を叩く社長。
「それはお互いさまでしょう」
嘘っぱちオトコゆえ、この表情は常日ごろ目にしていたが。今日は彼の纏うオーラだけが違っている。
閉口した私は地面とパンプスのソールが張りついたように動けず、ひっそりと息を呑む。
「ところで」と声色が微かに低くなった刹那、左手首をパシリと掴まれる。
不意を突かれた私は声も出せず、なお通話を続ける社長をジッと見ていた。