みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
きっと里村社長も良心の呵責から、社長に嘘だと本当のことを言ったのだろう。
ただ、それを聞き入れなかった社長の態度は尤もだと思う。
自身の留学中に、プロポーズ直前の大事な人をよく知る先輩に奪われたのだから。
「里村さんが俺のことを恨むのも当然だ。真実から目を逸らして逃げたのは、俺だったんだから……」
里村社長が社長を恨んでいる理由も分かってしまった。ただ呟く社長があまりに苦しみに満ちた声を聞き、私は何も言えなくなる。
どうして愛する人を騙してまで別れなければならないのか。彼女は誰よりも社長を愛していたのに……。
自分を犠牲にする姿に涙を流した私を優しく抱き締めたのも、すっかり痩せていた闘病中の彼女だった。
全身に走る痛みの中、それでも私を抱きしめ頭を撫でてくれた彼女。それに触れると、命がけの意思を無碍には出来なかった。
「……と、うこちゃんは、最期まで……社長のことばかり、気にかけてましたっ。
貴方が幸せになって欲しいから、……私を亡くす辛さを引き摺らないで欲しいって……これだけは……っ、信じて下さい」
そこでその場へ腰を下ろすと、胡坐をかき頭を抱えた社長。
あまりに脆いその姿を前に、“動く時”を間違えていたのだと改めて感じた。
「……そうか」
こちらへ薄墨色の眼が向いたものの、微かに震える声を聞くだけで心は潰れそうだった。