みだりな逢瀬-お仕事の刹那-
「表向きは田中だけどね。朱祢を秘書課で俺の下に配置させたのは。
俺はこの件に関してノータッチだった。朱祢には悪いけど、むしろ反対してたし」
「な、ぜ」と、言葉に詰まりながら薄墨色の瞳に真意を問う。
「成績は優秀だろうが新人が間に合うとは到底思えなかったし、何より女に媚びられるのも嫌だった。
俺の本性、朱祢は知ってるだろ?――打算的に愛想を振りまいて、面倒な関係はうんざりなの」
「ええ、重々承知しております」
「早いね」
「何となく」と答える私を見つめながら、楽しそうにクスクスと笑った社長に呆れてしまう。
「俺が媚び売るのが上手いのって親父に似たんだよね」
「は?」
眉根を寄せる私の右手をようやく解放した彼は、「桔梗谷さんに」と付け加えた。
ギクリとする私をよそに、彼は隣へやって来ると、その広い背を書棚へつけて視線を中空を彷徨わせている。
本当の意味で賢い人だと下で働いていて思っていた。ただこれほど考え込み、弱ったところを見せたのは初めてのこと。
「……父がご迷惑をお掛けしたんですね。申し訳、」
「不用意に謝るな」
「……はい」